千代田区麹町の歯科医院 土屋歯科クリニック &works 院長・土屋賢司の情報・医院情報をご紹介

院長・土屋賢司を知る方にインタビュー T's forum

T'sフォーラム

Vol.8
歯学博士
西山 英史

Vol.7
歯科技工士
犬飼 徹

Vol.6
歯科衛生士
土屋 和子

Vol.5
矯正担当 歯科医師
伝法 昌広

Vol.4
歯科医師
内山 徹哉

Vol.3
歯科医師
構 義徳

Vol.2
歯科麻酔医師
田村 洋平

Vol.1
歯科医師
塙 真樹子

来院される前に私たち土屋歯科クリニック &worksの事をもっと知って頂きたい.....。
それは治療内容ばかりではなく、院長の紹介ばかりでもなく、 医院に働くスタッフこそが、医院力であると考えます。
院内の歯科医師や衛生士、受付の医院スタッフはもちろん治療に関わる外部スタッフなども紹介して行きます。

土屋 和子Vol.6
土屋歯科クリニック &works勤務
(株)スマイルケア 代表取締役
歯科衛生士
土屋 和子

もう少し資金があったら
歯科衛生士以外の選択があったのかもしれませんね(笑)

-土屋和子先生が歯科衛生士として、土屋歯科クリニックにご勤務されていますが、歯科衛生士になられたきっかけとかござますか?

土屋:そうですね、歯科衛生士という仕事を始めて今年で36年目になるのですが、最初は女性でも手に職をつけるというのが大事だと考えておりまして、家族からも同様にアドバイスを受けました。そして、衛生士の学校に入学しました。

-当時は歯科衛生士の学校というのは少なかったんでしょうか?

土屋:どうでしょう?深く知らなかったです(笑)実は特に深く歯科衛生士になる事を志していた訳ではないので、あまり下調べや学校の数などの知識も無かったです。
当時、高校生の時に自分でアルバイトをして貯めた貯金がが50万円ほどでして、その金額で、とりあえず入学出来る学校を探したら、衛生士学校があったという事なんです。
もう少し資金があったら歯科衛生士以外の選択があったのかもしれませんね(笑)。

-それは意外です。ただ、きっかけは早くから歯科衛生士になる事を志してという形ではないのかもしれませんが、実際に入学され学んで行く過程で感じた事などございますか?

土屋:入学してからも、その後学校を卒業し歯科衛生士として勤めだしてからも若い頃は色々と迷いがありましたね。自分が選んだ事が正しいのかどうか……自分にとってこの仕事が本当に適しているのかどうかなど非常に悩みましたね。
ただ、その中で出会った先生達が私にとって凄く大きかったというか、仕事を超えた学びといいますか、人間的にも非常に成長をさせて頂ける出会いが多くございました。
どのように生きていけばいいか、どのように仕事と係っていけばいいかなど非常に深いアドバイスを頂けたので、今も歯科衛生士という仕事を続けてこられているのかなと。
仕事において様々な出会いが、凄く大きな財産になっているなと感じます。

-歯科衛生士としての診療や技術的な成長だけでなく、人間的な成長を感じられる出会いがあったと言う事が、歯科衛生士を目指した上でも大きかったと言う事ですね。

土屋:そうですね、本当にそう感じます。

アメリカでの経験が有るからこそ、今が有ると思います。

-和子先生はフリーランスと言う形で、様々な歯科医院にて歯科衛生士として診療をされていらっしゃいますが、フリーランスになられたきっかけなどありましたら、教えて頂けますか?

土屋:20代前半の頃にアメリカの歯科衛生士さんに会った時、感じた事でしょうか。
仕事ができるといいましょうか、経験と実績のあるアメリカの歯科衛生士は、多くがフリーランスだったんですね。
なので、プロフェッショナルな仕事が出来る人という事を目の当りにし、自分も歯科衛生士として憧れて、目指したのがきっかけですね。
ただこれも、私もフリーランスになろう!と心に強く思って目指した訳ではないのですよ。

-本場の歯科医療から感じた事が大きかったのですね。海外に行かれるという事だけでも、相当な覚悟が無いと難しいですよね。

土屋:若いときだから出来た事かもしれませんね(笑)
でも、アメリカでの経験が有るからこそ、今が有ると思います。

-日本にてフリーランスの歯科衛生士というのは、和子先生が先駆けですよね。

土屋:当時、私以外にはまだフリーランスの歯科衛生士は存在していなかったかと思います。
でもフリーランスと堂々と言える様になったのは…ここ10年位でしょうか。
それまでは歯科衛生士のフリーランスという立場の確立が、ここ日本ではなかなか難しかったですね。

-歯科医師とはまた違う立場という所や女性という事で、やりにくさなどあったのでしょうか。

土屋:やはりバッシングなども数多くありましたよ。
時代的には結婚適齢期というのが23歳くらいの時でしたからね。結婚して子供を産み、育てるのが、女性として正しい道みたいな感覚は、まだ世間的に強かった時代でありました。
医院でも25歳以上で歯科衛生士として勤めている事は少ない時代でしたね。
しかし専門職として、どのような形であっても、しっかりと仕事をこなせる歯科衛生士でありたいと思っていましたので、あまり周りの声には耳を傾けていませんでした。
今では土屋院長に「いつまで私を雇ってくれるの?」って聞いたりもします(笑)